Trouble Everyday

青山陽一OFFICIAL BLOG
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さよならリッチー
といってもリッチー・ブラックモアじゃないです(^_^;)念のため。

8/12にリトル・フィートのドラマー、リッチー・ヘイワードが肝臓癌のために療養中のカナダで亡くなりました。享年64歳。

リッチーは1966年にローウェル・ジョージが旗揚げしたバンド、ファクトリーに参加。その後エリオット・イングバー率いるフラタニィ・オブ・ア・マンに加わったあと、再び69年にローウェル・ジョージと組んで、リトル・フィートを結成。以降79年の解散、88年の再結成を経て一貫してフィートの屋台骨を支え続けた名ドラマーでした。

ワタシが中学三年だった1978年にリトル・フィートは初めて日本にやってきました。当時大ファンだったエリック・クラプトンを経て、ライ・クーダーやオールマン・ブラザーズ・バンドなどスライド・ギターを使った音楽に興味を持ち始めていたころで、リトル・フィートに興味を持ったのも、当時の音楽雑誌に載っていたフィートの来日ステージでローウェルがスライド・ギターをプレイする写真や彼らのインタビュー記事からだったと思います。自分が本気でハマってしまった最初のアメリカのバンドだったんです。

しかし最初はローウェルのスライドやヴォーカルの素晴らしさに魅かれていたものの、高一のときに入手(後追いも後追い、6年も遅れてますが:笑)した73年発売のアルバム『ディキシー・チキン』の、リッチーやケニー・グラッドニー(b)、サム・クレイトン(per)がプレイする、それまで聴いたことのないようなリズム・パターンに徐々に毒されていきまして…。

冒頭のタイトル曲といい、次の「トゥー・トレインズ」やB面の「ファット・マン・イン・ザ・バスタブ」といい。その後の調査で、このリズムの源流はニューオリンズの地にあり、というのを突き止めるわけですが、この時代の調べれば調べるほど世界が広がっていく感覚、ほんとにワクワクしたものでした。

あとそんなに派手ではないけど「オン・ユア・ウェイ・ダウン」「フール・ユアセルフ」や「ジュリエット」なんかの感じもその後自分がどういうサウンドを出したいかの大きな指針になってた気がするんですよね。

生リッチーはフィートが再結成して最初の80年代末の来日公演以降、ライヴで三度ほど(五反田、有楽町、恵比寿)見ていまして、その溌剌としたプレイぶりは毎回心に残ったものでした。
コーラス陣の一角としても重要な人で、ライヴの映像見るとわかるけど、ちょっとハスキーでソウルフルな素晴らしく良い声でいつもコーラスしてるんですよね。あと、絵の才能もすばらしく、アルバム『HOY-HOY』についていたブックレットなんかを見ると、シュールで謎めいた画風はフィートのイメージともとてもぴったりくるもの。アルバムのアートワークを手がけていたネオン・パークとも相通じるところがあった気がします。

フィートの名曲、名演数あれど、何度聞いても凄い、謎だらけの大好きな1曲を。

リッチーのいないリトル・フィートはとても想像できないけど、彼が1年前に病に倒れてからはL.Aのギタリスト、ロベン・フォードの甥でもあるゲイブ・フォードというドラマーが代役を務めていたようです。彼がこのままリッチーの後を継ぐのかはわかりませんが、それにしても残念としかいいようがないです…。

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