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『GRANDFATHERS』本日リリース!
グランドファーザーズ21年ぶりのサード・アルバム『GRANDFATHERS』 がおかげさまで本日無事にリリースの運びとなりました。

思えば2007年に渋谷クアトロで行われたメトロトロンのイベントで久々に夏秋くんを含めた4人でGF曲を演奏したあたりから、今回のアルバムへの道のりが始まっている気がしています。08年の赤坂グラフィティでは「Underground」という新曲を演奏したり、09年1月の京都拾得のワンマンでは今回のアルバムには入ってませんが「最後のスモーカー」なんて新曲もやりました。

その1年後2010年1月には今はなき梅田レインドッグスで鈴木博文さんとのツーマン。このとき初めてアルバムを作ろうかなんて話が出まして、5月の赤坂グラフィティでまた新曲「Woke Up Fellows」を披露。この曲はその前月の4月にジム・オルークのライヴに参加したとき、ドラムをたたいていたグレン・コッチェがすぐ後にあった彼の在籍するウィルコの来日公演に招待してくれて、彼らのライブを見て感化されて出来た曲だったりします。

11年の5月にやったアコースティック・ライヴでは西村氏が作って大田氏が歌う「追憶カフェ」、同年9月のやはりアコースティック編成のワンマンで、一色進さんに歌詞を書いていただいた西村作、大田歌唱の「恋の元素記号」とやはり西村曲の「愛がね 愛がね 愛がね」を演奏、と少しづつですが新曲が増えてきたのでした。「Bye Bye Tony」はいちばん新しくて、少しバラード寄りになってきたアルバムの傾向に、もうちょっとアップテンポな曲が必要では?ということで西村氏が書いてきた曲。これをワタシが歌うというアイディアを思いついたのは夏秋くんでした。

録音作業としては2年前くらいから西村氏を中心に動いていて、西村氏の『ORANGE 』とワタシの『Blues For Tomato 』の制作もあって、実際エンジンがかかりはじめたのは昨年後半くらいだったでしょうか。ちょっと参入が遅れていたワタシもこの辺から頑張りました(^^;)個人作業がメインだったということと東京〜京都間のやりとりもあって、ずいぶん長い時間かかってしまいましたが、こうしてやっと現物を皆さんのお手元に届けられるというのは感慨深いものです。

アルバムにはかなり古い曲もあります。「Trombone Necked Girl」は89年に私が作ったもので、当時のライヴでは自分で歌っていましたが、昔のライヴ映像からすっかり忘れていたこの曲を見つけてきた西村氏が「わし歌ってみたい」ということで収録することになった1曲。その映像からは歌詞がよく聴き取れなくて、そこから推測した新たな歌詞を書き起こし、それに西村氏もすこし書き加えています。西村氏が10年ほど前にCD-Rで発表していた自作曲「Confession」は逆にワタシが歌ってGF曲としてリメイクしてみたい、と思った曲。

「オサラのノクターン」は90年頃の曲で、当時のライヴではよくやっていました。オリジナルヴァージョンはギターソロのところが歌パートだったり、コーダがもっとハードロックっぽかったりと今回のものとは少し違っていました。当時はアナログ盤が市場から消え始め、CDの売り場面積がどんどん拡大されていた時期で、LPレコードで育ってきた自分としては一抹の寂しさを覚えていた頃にできた曲。しかし今ではCDが消えていくとも言われ、かと思えばアナログレコードがむしろ存在感を増してしぶとく残っていたり。ちょっと不思議な感慨を覚えながら、この曲をリメイクしました。

最も古い「Help My Soul」は85年のはじめに作って結成2回目のライヴから演奏していた曲で、その年に出場したヤマハ主催のバンド・コンテスト「East West」のヤマハ渋谷店の予選会でも演奏しましたね。80年代のライヴでは最後あたりに必ず演奏していたので、昔から観ている人は覚えているかも。ザ・ポリスの「Driven To Tears」が下敷きになっているのはまあご愛嬌(^^;)そういう時代でした。

というわけで、様々な時期の曲が混在している今回の新作、ある意味GFの裏アンソロジー的なものも見えてくる内容といえます。末長く楽しんでいただけたら嬉しいです!

明日は西麻布でGRANDFATHERSです!
16日のムーポンズ@赤坂グラフィティ、ご来場の皆さんありがとうございました。
新ネタ、時節ネタなど盛り込み、
我々の思うソウル・ミュージックのアンサンブルを提案してみるひとときでしたが、
いかがだったでしょう。
お客さんをおいてけぼりにしたのでは…などと心配なところもあったんですが、
コメントやTwitterなどでもご感想いただけましたなら泣いて喜びます(笑)

窪田晴男さんと若林マリ子さんという先輩方の、
人生の機微を感じる絶妙の弾き語りにも感じ入ることしきり。
自分の小ささ、未熟さを思いっきり認識させられたり、まだまだ人生まき直したるで、
という意気も感じたり、久々にドスンと堪えましたよ。

さて、明日はついにやってきましたGRANDFATHERSのワンマン。
再活動したとはいえ、そう簡単に集まれる面子ではございません。
とにかく見られる時に見ていただかないと、あとはどうなってしまうかわかりませんぞ。
本日リハーサルでしたが、またしても20数年ぶりのお蔵だし曲あり、
新曲ありの盛りだくさんでお送りしますので、くれぐれもお見逃しなく!

急告
明日の14:00までに
info@yoichiaoyama.com
までメール下さった方には前売り料金にて対応させていただきます!
お名前、枚数を明記の上、ご連絡ください。

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Holy Night with GRANDFATHERS 
12/19(日) 
出演:GRANDFATHERS(青山陽一vo,g/西村哲也g,vo/大田譲b,vo/夏秋文尚dr) 
open:18:30/start:19:00 
前売:¥3,500 当日:¥4,000(+order) 
●お問合せ:03-5778-9640(Sweet Emotion)
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赤坂のGRANDFATHERS

5/30の赤坂グラフィティ、お越しくださった皆さんありがとうございました。
今回のライヴに誘ってくださったシネマの一色進さんにも大感謝。目まぐるしくテンポの代わるシアトリカル・ポップ(?)と松尾清憲さん&一色さんのもはや古典芸能の如しの名調子も堪能いたしました!

ブランクが長かった我々グランドファーザーズの、おそらくは2007年渋谷クアトロのちょっぴり演奏に始まったと思しき3年がかりの(!)リハビリ・プロジェクトも、何回かのライヴでなかなか良い感じのところまで上がってきたかな〜という気もしてます。

今回は新曲「Woke Up Fellows」に、90年ごろ良く演奏していたものの未だ録音していない「オサラのノクターン」、さらになんと哲っちゃん歌うところのニール・ヤング「今宵その夜」というレア・ナンバー3発も投入してみましたが、いかがだったでしょうか。

ライヴをいくつか重ねてきて、次なる展開も少しずつ見えてきているGRANDFATHERS。メンバーそれぞれのレギュラーの活動の傍ら、という今やサイド・プロジェクト的な位置づけではありますが(笑)今後も気長に見守っていただけたら嬉しいです!


明日はGRANDFATHERS!
いよいよ明日に迫ってきました。
GRANDFATHERSとCINEMA、ともにブランクから蘇って活動を再開したバンドによる2マン・ショウでございます。
今年は1月に大阪で演奏したグランドファーザーズでしたが、東京では2010年の一発目。昨年10月はじめの新宿LOFT以来ということでほぼ8カ月ぶり。今回の我々はさらに新曲を投入しますし、その他新ネタなどもご用意し、今のGF’sをがっつり楽しんでいただく予定です。今回は先攻ということで、攻めの姿勢でいこうと思ってます。

これが終わるとまたライヴの予定は今のところないですし、
どうしようか迷ってるそこのアナタ。見とかないと5月病が治りませんぞ!(どういう宣伝文句だ…)


●SOURCREAM SHUFFLE BAZAR
5/30(sun) 赤坂グラフィティ
出演:CINEMA、GRANDFATHERS

open:18:00/start19:00 
前売¥3,000/当日¥3,500(+1drink order)
お問い合わせ:03-3586-1970(赤坂グラフィティ

明後日から大阪
さてさて、明後日1/30、次の日1/31と大阪は梅田、ムジカジャポニカとレインドッグス、という場所も近くていわば兄弟のような2店での2DAYS、近づいて参りました。

この顔ぶれが揃うのは簡単なことではありません。まして大阪。最近はちょくちょく集まっているグランドファーザーズですが、鈴木博文さんも、30日は青木孝明くんまでいるという超貴重な両日なのですよ。元々はメトロトロン・レコードという場所に集っていた仲間だったわけですけど、その後はみんなそれぞれにそれぞれの活動に精を出し、再び集った面々からどんな音が出てくるのか、これは大変興味深いと思うんですよね〜。博文さんとグランドファーザーズは91年にツアーに出ていたわけですが、今回はそれ以来の19年ぶりのこの顔ぶれでの大阪ということになります。

次はいつになるかわからないし、ひょっとすると最後かもしれないし、それはわかりませんが(^_^;)とにかくわれわれにとっても心に残る2日間になるはず。
お待ちしてます!!
.

新宿ロフトのGRANDFATHERS
なんだか10/19の話題が続いちゃってなんなのですが、
この日のライヴの模様を3曲ほどアップしましたのでよろしかったら。

「ないしょの茂みにて」と「異常な夜、貴重な月」はそれぞれ18年前と21年前(書いてて恐ろしくなる年数ですが:笑)の映像もあるので、見比べてみるのも面白いかと。
「Good Bye」は西村哲っちゃんソロ曲ですが、近頃のGF'sには欠かせないレパートリーになってきてます。カッコイイすよね。 





80年代に活動していた頃のGF'sは、新宿ロフト(といっても当時は新宿駅西口から新大久保方面に歩いて行く途中にありましたが)に出たのはだぶん2〜3回くらいしかなかったと思うんですが、今は歌舞伎町に移って来たとはいえ、東京のライヴハウスの老舗中の老舗の貫禄があり、市松模様のステージの上での演奏は何か感慨深いものはありましたねえ。出音も何か独特の迫力で、この日の我々は吉祥寺のときと比べてもさらに大量にトチってたんですが(^_^;)、それを補って余りあるロフトならではのサウンド、ムード、我々を3倍大きくしてくれるような、そんな感覚に支配されたな、という気がします。文句なしに楽しんじゃいました。

超久々
そういえば19日のロフトで、何かの間で楽屋に一人でいたタイミングで、かつてナゴムレコードで音源を出させていただいたときに大変お世話になったケラ(というか今や演劇界の巨匠ケラリーノ・サンドロヴィッチの名で知られておりますね)こと小林一三氏が、不意に楽屋に来訪。

ナゴムでお世話になっていた時代にも、それほど話したことはなかったんだけど、こちらはその後も時折テレビなどでお見かけすることもあったので、もちろんよく知っている。しかし彼もワタシを覚えていてくれていたようで、「あ〜っ!ごぶさたしてます!」「おお!お元気ですか〜?打ち上げまで居られないけど本番最後まで見て行きますね!」みたいな短い会話を、なんとなく照れくさい気持ちなんかもありつつ(笑)交わす。こういうのはなんとも嬉しいものですよ。

最初のきっかけは、おそらく87年くらいのことだと思うけど、まったく何の前ぶれもなく、面識もなかったケラ氏より電話がかかってきて「ウチでレコードを出してみませんか?」との打診があったから。なんの展望もなくただライブをやっているだけのアマチュアだったグランドファーザーズにとっては、願ってもない話だったわけで。

我々のような誰も知らないようなバンドもチェックして、自ら連絡を下さったケラさんにはまったく頭が下がるばかりだし、考えたらワタシと同じ年齢なのに、こうして自分のことだけでなく、新しい才能を発掘しようとする意欲を持ってやっていたのは驚くべきことだったな〜と思います。ワタシなんぞ自分のことしか考えてませんでしたしねえ…(^_^;)。

そんなケラさんのブログに、今回のDrive To 2010に関する記述がありました。
今は有名無名に関わらず、こういったエンターテインメントに関わっている人は似たような悩みを抱えているというのはますます実感するところですが、それでもヤル、という強い意志には自分も勇気づけられる思い。



Shoot My Eyes 1989-2009
先日の9/6吉祥寺Rock Joint GBでのGrandfathersのライブより、
"Shoot My Eyes"をアップしてみました。

Grandfathersの代表曲ってなんじゃろか、と考えると、いろんな意見はあると思いますが、
ワタシはこの"Shoot My Eyes"なんじゃないかと思ってるんです。

84年にメンバーと最初にセッションしてみたその日、泊まりに行った西村氏の家で聴かせてもらったデモテープのインストが元になっていて、それにワタシが歌詞と歌メロを考えて重ねてみたのがこの曲の始まりなんですよ。いわばバンド内では数少ない完全な共作、といえるわけで、もちろん85年の最初のライブでもやりました。このGrandfathersのオリジナルとしては最初期の曲を2009年にもやることが出来たのはかなり感慨深いことなんですよね〜。





でもってこの曲、20年前の1989年、九段会館の「メトロトロン・ワークス」の時も映像もだいぶ前にアップしてありました。
並べてみると、これがかなり面白いのでこっちも貼っちゃおう。



う〜ん、別人だね、誰とは言わんが…って言いたいのはそういうことじゃございません(笑)。あ、ドラムは鈴木秀明氏から夏秋文尚氏に変わってはいますよ。でも基本的に同じ4ピースでの演奏ですね。

改めて見てみるとまずテンポかかなり違う。
今回のGFのリハやってて思ったのは、テンポが遅いことに我慢できるようになってるんですよねみんな。昔は遅いとその間が耐えられなくて、どんどん突っ込んでいくようなところがあったもんですけど、今のGFは実際のテンポは遅くともスピード感を出せるようになってるなと。

あと、みんな楽器の音色が練られてきてますね。単純な音じゃなくて、手元のニュアンスとかボリュームの操作でトーンの幅を出してるんですよね。昔は足下に並べたエフェクターのON/OFFやペダル操作でやってたことが、あまりそういうものを必要としなくなってるんですよ。哲っちゃんなんて、吉祥寺のほうは小さなディレイ一個つながってただけですが、強力な音してるよねコレ!

自分に関して言えば、あ〜この頃はまだ親不知4本ともあったよな〜とか(今は一本もない)、メガネかけなくても大丈夫だったよな〜、とかどーでもいい感慨に浸ったりしてしまう。

ちなみにGBの映像で西村哲也氏弾くところの黒のテレキャスターは実はカーネーション直枝政広さんの所有物。下の89年九段会館で、我々同様このイベントに出演していたカーネーションのステージでの直枝さんは、まさにこのテレキャスターを弾いていたはず。

さらに89年版でワタシの弾いている白いテレキャスターは、今はタマコウォルズ西池崇くんの所有物だったり、楽器も色々と流れておりますね。


Grandfathersの初ライヴ
1985年3月19日、調布市にあった音楽専門学校の定期演奏会で、初めて人前で演奏したグランドファーザーズ。
全編のビデオとカセット音源が残されてはいるんですが、映像や音を公開する勇気がまだないので(笑)とりあえず当時のセットリストなんぞ記載してみましょうか。

●GRANDFATHERS@布田・武蔵野音楽学院ホール 
 青山陽一(vo,ag)/西村哲也(eg)/大田譲(b)/津山浩三(dr,cho)

1. Cornflakes
2. If You Can Knocking My Door
  〜White Steam
3. Shoot My Eyes
4. Voice In The Darkness
5. I've Been Watching

はい、いきなり曲名なんか列記されたって、さっぱりなんだかわかりませんわね。すいません…(^_^;)
英語タイトルついてますが、もちろん全部日本語のオリジナル曲です…。ただ、作ってるときにサビとかがどうも英語くさくなったりする。でも日本語に置き換えるのも面倒なので、その時の語感にマッチするでたらめな英語をでっち上げたら、タイトルがこんなんなっちゃったと。まあ、ありがちですよね(苦笑)

いちおう説明しますと、
1.はメトロトロンから89年に出た1stアルバムにケツのところだけ入ってるんですけど、それの元曲。88年くらいまではよくやっていた気がします。

2.はポリスの"Walking On The Moon"みたいな雰囲気のベースのリフを中心にしたレゲエっぽいオリジナル曲で、これを後々もよくやっていたXTC的な"White Steam"とくっつけたメドレー。前者は2、3回くらいしかやってないんじゃないだろか。

3.は1stに入ってる曲の初期バージョン。終わり方がもっと大げさな感じ(笑)津山さんが豪快にコーラスを入れてる。途中で哲っちゃんがギターのサンプル・ループみたいなのを投入するワザがあるんです。

4.はトッド・ラングレンぽい曲と自分では思ってたんですが、みんなにはオフコースや!とか言われてた(笑)オリジナル曲。GFのメンバーに会う前に書き溜めていたもの。このライヴとその次くらいしかやらなかった気がするけど、91年の渋谷ラ・ママの解散ライヴで確かやったような…。

5.はモータウンというか、"Stop In The Name Of Love"みたいなリズムで、後半がザ・フーのトミーに入ってるようなインストっぽい展開になる変な曲。これもGF以前に作ってあったもので、GFではこの日ともう一回くらいしかやってないと思いますが、やはり解散ライヴで一度やりましたね。

使用楽器についてひとこと。ワタシは全編タカミネの小振りなアコギでエレキは使わず。西村氏は当時のメインだったアイバニーズのフロイドローズみたいなゴツいトレモロユニット付きの赤いエレキ。ディレイやコーラスやディストーションなど色々エフェクトかましてました。大田氏はもちろん今も持ってるミュージックマンのスティングレイ。津山氏のドラムは当然ながら現場レンタルでしたね。

今からすると考えられないけど、歌詞は全部アンチョコなしで覚えて歌ってて、でもバンバン間違えてる(笑)。まあ当然ながら見てる人は初めて聴く曲ばっかりなんだから、間違ったってわからないんですけど。

GF前夜
さて、いよいよ今週末に近づいてきました。
グランドファーザーズ10年ぶりの東京は吉祥寺GBでのワンマン(9/6)と横浜黄金町・試聴室2での前夜祭(9/5)であります。

何しろ18年も前に一旦活動休止したバンドですので、皆さんの中には、なにそれ?な方も今や大勢いらっしゃるでしょう。せっかくですのでなれそめでも説明してみますか。「前夜」とはいえ長くなりますが…m(_ _)m

ワタシが東京に出て来たのは高校卒業してすぐの1982年4月。美大受験に失敗したので、予備校に入って浪人生活を送るためでした。しばらくは鉛筆デッサンとか真面目にやってたんですよ。ところが高校時代に長野で一緒にバンドをやっていたクラスメイト、ヴォーカル&ギターのT君も就職のために上京していまして、比較的近所に住んでいたんですね。で、休みの日なんかたまに2人で憂さ晴らしにレコード爆音でかけたり、ギターかきならして歌ったりして、「あ〜バンドでもやりたいよな〜」なんて話をしていたわけですよ。

そうするとどうしても音楽熱が盛り上がってしまい、いつしか受験のほうはほったらかしになり、音楽のことを色々勉強してみたくなって、翌83年から勝手に音楽専門学校みたいなとこに通い始めちゃった。予備校の学費とか丸々無駄になったわけで、今考えると親不孝の極地ですな…。で、バイトを転々としつつ生活して、ちょうど出回り始めた安いカセットMTR(マルチ・トラック・レコーダーのことですね)を手に入れて、シコシコ曲など作っていたわけです。

で、1年半くらいそんなことをしているうち、84年の秋から冬になるあたりだったか、その友人のT君が、職場の先輩でドラムをやっている人がいるから、今度会ってみない?と提案してきたんですね。この人がグランドファーザーズの初代ドラマーとなる津山浩三さん。で、その津山さんとTくんとワタシの3人で新宿のジンギスカン屋で初会合したのを覚えてる。

津山さんが、大学時代一緒にやっていた仲間のギタリストがいる、というので、それじゃ4人でなんとなくセッションでもしてみよう、って流れになったんだと思います。ワタシの通ってた音楽学校の京王線の布田にあったスタジオが確かタダで使えたので、じゃそこでやろう、ということに決定。当日、津山さんが連れて来たギタリストが西村哲也さんだったのでした。で、ギター3&ドラムという変な編成で初めて演奏した曲がビートルズの「愛こそはすべて」だったのも何故か覚えてるんですが、なんであんな変拍子の曲やったんだろう…。

はっきり言って今から思えば全員ヘタだったし(苦笑)音楽志向の共通点も少なくて、かなりハチャメチャなサウンドだった気がするけど、何故だか妙に意気投合してしまった我々は、 リハスタ帰りのその足で初対面というのに当時下北沢にあった西村哲っちゃんのアパートへ。酒盛りしながら(ワタシはほとんど飲めなかったんですが)デモテープ聞かせてもらったり、レコード聞いたり。キング・クリムゾン、デヴィッド・ボウイ、ラウンジ・リザーズ、ロキシー・ミュージックやブライアン・イーノ等々、自分とは殆ど被ってないレコードコレクションも却って面白かった気もしますね。哲ちゃんのデモテープもロバート・フリップのリーグ・オブ・ジェントルメンみたいだったし。ゴジラとかセブンとかの円谷オタク話で盛り上がった覚えもありますな。そのまま一晩泊めてもらい、泥酔した哲ちゃんが夜中に台所でリバースしてたのも覚えてますが(笑)、ワタシも翌日はいってたゲームセンターのバイトに行く気がなくなり、仮病使ってサボったなあ…。ヒドイ話。

で、レコード貸し借りしたり、お互いのデモテープを聞かせあったり、哲っちゃんの作ったインストに歌詞を考えて曲にして遊んだりしてたんですが、やっぱりバンドとなるとベースはいたほうがいい、という結論に。哲っちゃんが当時、彼の大学の軽音楽サークルからの流れで別に手伝っていたビー・セラーズというバンドのベーシストが近所に住んでるから、手伝ってもらおうということになり、これが大田譲さんだったわけですな。事前に作ったいくつかのデモを渡して曲を覚えてもらい、スタジオに来てもらったものの、最初はやけに不機嫌な態度で、やる気なさそ〜に仏頂面で演奏してましたねえ(笑)。でもだんだん面白いと思うようになってきたみたい。しばらくはビー・セラーズをやる傍ら、時間あるときは手伝うよ的なスタンスだったんですが。ちなみにこのビー・セラーズのドラマーが、後にグランドファーザーズに加入することになる鈴木秀明さんでありました。

ところが5人で練習するうち、ワタシの同級生だったTくんの作る曲がこのグループに合わないのではないか、という意見が誰からともなく出始めたんですね。そもそもTくんがいなければこの顔ぶれが集まることはなく、後のグランドファーザーズは存在しなかったわけで、とても恩義を感じていたから非常に厳しい決定だったけど、彼にその旨を伝えてバンドを辞めてもらうということになった。アマチュアバンドだし、みんなで楽しくやれればそれで良かったのかもしれないけど、やっぱりヘタなりにみんな理想が高かったし真剣だったんですよね。結果的にプロになりたいとかより、どこにもない面白いものを作って驚かせたい、みたいな気持ちが強かったし。

で、西村gt、津山dr、大田ba、青山vo&gの4人になったグループは、さらに練習また練習。そうこうするうちワタシの通ってた音楽専門学校の定期演奏会みたいなのがあったので、試しに出てみようか、ということに。出演に当たって申し込み用紙を渡され、そこにグループ名を書く欄があったので、なんの気無しに書いてしまったのが「グランドファーザーズ」だったわけです。85年3月にここで5、6曲ほど演奏したのがこのグループのライヴデビューでした。実はこの日の演奏は丸々映像が残ってるんですが、さすがにYouTubeにアップするのははばかられる…(^_^;)

※あくまでワタシの思い出したことを元に書いてますので、他のメンバーは違う記憶を持っているかも。そこらへんは悪しからず…。

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